古流唐手トップ・Top

古流唐手ホーム・Home

宗運道場由来・Soun dojyo

6月の稽古日・April practice day
指導者・Instructor



英霊に感謝する ― 神風特別攻撃隊 ―


稽 古 誌
川尻武道館(令和6年/2023・1月~)

稽古内容と+αを綴っていきます。
稽古はともするとやりっ放しになるので、その都度、自分自身に“何をやったか”、“そしてどうなのか”を問いながら内容を振り返り、 修業する皆さんの練度の向上に役立てていきたいと思います。
そして、今年3月から稽古場面を短く編集したダイジェスト版映像(5分前後・Keiko-MP-4/2か月毎)を載せていきます。



稽古映像ダイジェスト版・Keiko video abridged version

11月24日の稽古

11月10日の稽古

10月27日の稽古

9月29日の稽古



令和6年(2024) 皇紀2684年 甲辰

12月8日(晴)川尻武道館
棒運動-基振り相対練。基形三形:横払い手-前落とし手で気配を読み取る。 クーサンクー;月仰ぎの手と身体の操作。
変手攻防手②。周氏の棍。 サンチン‐ナイハンチ。
【技の質】
最近稽古を通して感じることが、技の質の変化です。それは、年齢がもたらすことはもちろんですが、技を見る(捉える)目(視点)が以前とは違うという気付きから出てきている感覚です。 まだ具体的な例を挙げて“こうです。”と言える段階までには来てはいないのですが、 7月の研修会での「振動・重力と反重力・螺旋・量子力学と意識に関する理論と技(技法)の重なり」を解説した(試みた)のが少なからず良い効果を出しているのかも知れません。 技の探求の旅は続きます。


11月24日(晴)
基本四形。杖;回し打ち(順手-逆手-相対)、トンファー・サイとの払い受け打ち練習。 チントー;翼の閉じからの肩甲骨と沈みの身体操作。投げ15構下段①②の掛け手-合わせ技。サンチン-ニーセイシ。
【合気】
私は最近「合気」の言葉を使いますが、これは“変手掛け合わせ手”の稽古を前面に出し始めてからです。なぜならば相対稽古をするうえで不可欠だからです。 相対稽古では「気」と「呼吸」を相互に意識し合わないと、結局、力比べから妙な組手もどきへとなり…、とどのつまり意味のないガチンコ空手につながるからです。 今日の杖の稽古も、その「合気」の一つです。
大東流合気柔術の武田時宗先生は『「合気」とは相手が攻撃してきた時の護身であり後の先である。 そして、こちらから相手を倒しにかかってゆくのが「気合」である。さらに「気合」はあくまで押しであるが、「合気」は押してきたら引く…引いてきたら押す、という風に、 緩急の精神を持って気に合わせて逆らわないことが重要である。』と、述べています。

11月10日(雨)
棍;送り突き-脛打ちの相対稽古。テンシン;体の揺れ、腰のフリース、体の居着きを無くせ。変手28法;攻防手の一体化を目指す-①。15構;⑩手刀の切込みの身体操作。 サンチン-ナイハンチ。
【積み重ね】
島崎藤村の「夜明け前」に“旅人を親切にもてなすことは、古い街道筋の住民が一朝一夕に養い得た気風ではない……”の文面があります。 これは普段の稽古に通ずる言葉で、私なりに“忍の気心” として理解しています。
要は、稽古は積み重ねという事です。 今日から始めた変手の攻防手は、その積み重ねからでたもので、以前から言っていた“同時打ち”が稽古を重ねるうちに技法の変化が進化したものなのです。
攻防手の練習からどのような隠れた技を見つけられるか探っていければと思っています。


10月27日(晴)
棒の基振りと相対稽古。基形三形。護身;腕を掴まれた時。15構:⑨腕肩巻きへ;肘へのあてがいと手刀切り差し。
サンチン-ナイハンチ。
【気づき】
前回に重なりますが…、稽古における内容が、ともすれば同じことの繰り返しとの印象が少なからずありますが、私は、そこに新しい気づきが隠れていると考えています。 ただそれには大事な要素があります。それは、技(技法)を点として捉えるのではなく、線として見ることです。要約すれば、技(技法)のつながりを知る努力という事です。 最近は型の分解あるいは技の分解と称して、型や型の技法を細切れにして、それもそこに派手な動作を加えて演技をするような風潮に変化してきています。 その良し悪しは各々が論じることで、私の関知することではないですが、私は、「手」を空手と古武道(武器術)に分断してしまった事に近因していると思います。私は、空手と武器術は両輪の考えを根本において稽古をしています。


9月29日(晴)
基形三形;肩抜き、バッサイ;もろ手突き、サンシール;大杯-杯、それぞれの身体操作。
組棒Ⅱと変手掛け合わせ手の今後の稽古について。サンチン 結 テンショー。
【節目】
毎年、靖国奉納演武が終わると、これまでの稽古を継続しながらも新しい稽古内容を考えそして移行していきます。
これは私なりのやり方ですが、結構良い効果や新しい技法の創作ができています。 目指す何か!を待たず、ダラダラ……マンネリ化(代り映えのしない)した稽古は、体の筋肉や精神的なものにストレスが溜まっていきます。
節目・区切りを持つ稽古をこれからも大事にしていきます。

9月15日(晴)
第19回靖国神社奉納演武大会

9月8日(晴)川尻武道館
基形三形。護身の技を考える;小突かれ-胸ぐら掴みに対しコーサ―と猿臂での対処法。 投げ15構;中段③流水蹴り。
靖国演武準備最終練習。サンチン-ニーセイシ。
【残暑】
靖国演武準備練習の終わりを迎えるころは残暑と秋の気配が入り混じるのが毎年の風情です。 しかしながら、今年は残暑が居残り今日も暑中稽古となりました。とは言え、大汗をかきながらの稽古もまた修業の一環と考えれば良いのかもしれません。 15日・日曜日は、靖国神社能楽堂の舞台で、英霊の皆様に対して恥ずかしくない演武を奉納して参りたいと思います。


8月25日(晴)
基本四形。しめ腰-放ち(突き)-中立;前屈-中立(半月)、後屈(沈み)-中立(半月);柔の受け手。
振り突きと体のフットワーク;トンファーの外穂と受け手。 靖国演武準備練習。サンチン-ナイハンチ。
【遠雷】
今日も昼から遠雷がある。“一雨も欲しい……、こっちにこい”と願うのだが……、遠ざかって行ってしまいます。
こればかりは自然がなす業“そうは問屋が卸さない”の言葉に従うしかありません。と同じように、物事は自分が思うように、
そう簡単には運ばないのが 世の常です。しかし、だからと言って「他力」に頼るだけでは自分の成長はないと思います。
今日の稽古では、あらためて「自力」の大切さを言われた気がしました。

8月11日(晴):暑中稽古
棒運動。意通しと呼吸。シメの形;手の柔法操作と丹田への意識掛け-リューシャンでその動きを見る。
リューシャンとサイの話。靖国演武準備練習。
【異様】
古流の形の動きを初めて見る知人から、手の動きが“まるで新興宗教の踊りみたいで異様な印象を受けた”との感想をもらった。 これまで“変わった手の動き…、ミステリアスな手の動き…”等などの言葉を聞きましたが、……異様な動きの言葉にはハッとしました。 そして、手の操作が体の内部(丹田)とつながらずに離れていると(意識掛け✖)、知らない人から見ると“妙な手踊り”の印象を受けることを気づかされました。 そしてさらに手踊りではなく“舞”の言葉を強く意識して古流に接する大事さを、あらためて自分に言い聞かせたところです。


7月28日(晴)
棒運動。基本稽古。靖国演武準備練習。短呑吐サンチン。
【体の疲れ】
先日6日間の通し稽古での体の疲れが膝関節に溜まったようで、終始ぎこちない動きの稽古に少し落ち込みました。 しかし季刊誌と稽古映像の編集が待っているので、そちらの方に気持ちをシフトして疲れた体を休めていければと思っています。

7月14日(雨)
棒運動。基本四形。四方割—バッサイ-ソーチン;向かい合い稽古。ヌンチャク;三方—よれい。靖国演武準備練習。サンチン。
【研修会】<>Br 15日~19日の五日間、オーストラリア川濤会(Australia Chitokai)・Brian & Sandy Hayes先生と7名の指導者研修会を行いました。 この記事は古流唐手龍精空手季刊誌・龍手96号に掲載しています。


6月31日(曇り時々晴)
基形三形。受け手-推手。杖;蜻蛉-斬り下ろし-回し打ち(順・逆手)。靖国演武の流れを掴む。サンチン。
【絞り出す汗】
今年も蒸し暑さの下での稽古の季節に入りました。それは9月の靖国演武に向けての準備が始まったという合図そして暑さとのたたかいのスタートを意味します。 夏の稽古では流れる汗が付きまといます。これは風情とか風物詩とは真反対の光景です。 しかし、この忍の稽古と内勁の身体操作によって絞り出す汗の分が、修業の練度を上げ更により強い忍耐力の養成につながっていくのです。

6月23日(雨)
サンシール・クーサンクー;落とし手。第19回靖国神社奉納演武に向けての準備に入る。 サンチン-ナイハンチ。
【挨拶】
もと、この二文字は、本(もと)は禅問答におけるやりとりを指した言葉で、「挨」は推す、「拶」は迫る、という意味です。武道においては「挨拶」が「礼」になります。 私は「礼」の言葉と仕種に心地よさと時には爽快感を抱くことができるので、とても大事にします。 また「礼」には謙虚な心を持つとの大切な教えがあるので、普段の稽古から慢心あるいは驕り(おごり)の気持ちが出ることのないように自らに言い聞かせています。

6月9日(雨のち曇り)川尻武道館
基本上中下―しめの形―ニーセイシ―バッサイ;脇のしめの違いと応用の仕方。
第19回靖国奉納演武の流れと動作内容の確認。サンチン 結 テンショー。
【型から形へ】
「型」の意味を調べると、“同種類の物を幾つも作ることが出来る基になる一定の形を備えたもの”、そして用例の中に“型にはまった見解”があり、 それは特徴・独自性が無い物事として捉えられています。空手の多くの流派では「かた」を「型」と表記しています。 その「型」の解釈は流儀間に違いがありますが、一般的には「型」は変化しない「カタ」とする固定観念が根付いているように思います。 しかし私は“型は変化する”の考えを持ちます。それは稽古を続ける中で自分自身が感じそして見ている経験知から言えることで、型が形へと変化するのは、 ごく当たり前の自然な現象なのです。今日は、形とは何か…を考えながらの稽古でした。


5月26日(晴)
棒運動。基本四形;四方割の前後左右。ナイハンチ:腰の操作。テンシン;四方への体の転回。
ヌンチャク八風・よれい;腰取り。周氏の棍。サイの打ち手。サンチン-バッサイ。
【grandpa’s技法】
今日の稽古にはカナダ・ケベック州シェルブロックのBégin夫妻が訪ねてくれました。
そして、ご主人のPierre-Yvon Bégin(70才)は“久しぶりの練習……”とのことでしたが、一緒に稽古をし、共に汗を流してくれました。 練習内容には戸惑いあったようですが、私は“それは至極当然のこと”、と割り切り、続けている内容での稽古を行いました。 その中で話題にしたのが、老齢期に入った人の練習方法であるgrandpa’s技法でした。それは、力まずにゆっくりと動いて空手を楽しむ……の話なのです。 その上で、それを知ってもらうためにナイハンチと周氏の棍を三回ほどゆっくりした動きで反復しました。 私は、夫妻のにこやかな笑顔に“何かを掴んでくれたな…”と思いながら、昼食の「武蔵うどん」をとてもおいしくいただくことができました。 “武蔵茶屋本店のスタッフの皆様、ご丁寧な接待をありがとうございました!!”

12日(雨)
棒運動。組棒Ⅰソフト組打ち。後退・さがり;前身後退-ニーセイシ-ローハイ。 ヌンチャク八風;飛燕。
15構;中段①②掛け合わせ手。サンチン 結テンショー。
【ミーティング】
稽古後久しぶりに昼食会を持ちました。今回は靖国神社奉納演武への参加について各々がどのような考えを持っているかの 聞き取りとその内容につての意見の交換です。 参加については、我々の思いを主催者側に伝え後は先方側の判断に委ねることになりました。 そして、まとめとして、これからはミーティングの機会を増やしながら意思の疎通をとって、空手ライフを楽しむ気分を醸成していく……となりました。


4月28日(晴れ)
基形三形。鷺足-足刀-左右突き。ヌンチャク;八風三方-打ち手。15構;上段④⑤。 サンチン-バッサイ。八段錦⑦。
【周辺視】
私が着眼する基本の一つに、相手(敵)が前-左右にいると想定した時の目付けです。 これは夜間演習で教えられた周辺視を基にしたものですが、まさかその周辺視が空手の練習に役立つとは思ってもいませんでした。 周辺視ができるようになってくると、暗闇の中でも前方がやんわり・ぼんやりと見えてくるようになりプラスして 周辺の気配まで読み取れるようになってきます。突いたり蹴ったりするのが基本だ!という既成概念に縛られるのではなく、 その前に、足元にある未だ気づいていない何か、
に気をかけながら行う地道な稽古も大切だと思います。 基本の根の広がりが技の葉の成長を促していくのです。

4月14日(晴)
基本打ち手、四角歩法と突き返し、ニーセイシの裏拳返し突き、半転-輪転、チントーの独楽からの八風電光。
周氏の棍-袈裟・裏袈裟・兜。15構123の柔手。 サンチン-ナイハンチ。
【軽いと柔らかい】
ライトタッチとソフトタッチは沖縄松林流新里先生が柔法空手を解説する際に使う技法用語です。 私も先生からの許可を得て
ハードタッチ(剛法)の用語と共に変手掛け合わせ手の練習時に使います。 要約すれば外勁と内勁の技法ですが、
外勁に比べ内勁の詳細な解説は内功法の分野に踏み込まなければならず難しいです。 今は簡単に軽いはさわる、そして、
柔らかいはふれるで、技法の違いを自分の中で納得しながら変手柔法に取り組んでいます。
いずれ柔法で成り立つ古流の形を前面に紐解きができればと思っています。


3月24日(雨)浜船武道場
基形三形-バッサイ。三日月蹴り;表-裏-足底-足甲。変手掛け合わせ手28;体転- 馬蹴り・回転手刀。
杖;担ぎ。風車の棍;すね打ち。サンチン-ナイハンチ。
【すね打ち】
薙刀(なぎなた)と聞けば直ぐにすね打ちを連想します。その技でかなり痛い目にあったことがある私は、だからこそ棍の打撃技の中に入れています。 もちろん杖にも同様に組み入れています。すねは「脛」「臑」と書きますが、すね打ちが目標とする部位は踝(くるぶし)で、 棍を落としながら払うように掬って打ちます。床あるいは地面に当てるようにして打つのもコツの一つです。
ここで踝の語源を;古くは「くるぶし」を「つぶふし」と言い、「つぶ」は「粒」、「ぶし」は「節」の意味とされていました。 ですが「くるぶし」は、その丸みが「粒」とは言い難いことから、「つぶぶし」の「つぶ」が「くる」に変わったとの説があります。
しかし「くるぶし」は室町時代から使われていたようで、近世後期の江戸では庶民の口頭語として「くろぶし」「くろぼし」とも言われていたとも……。 すね打ちという一つの小さな技ですが、話題がここまで広がりを見せることができる日本語に、あらためて感心しそして感謝するものです 。

3月10日(晴れ)川尻武道館
棒運動。基本四形;足と体のさばきを護身技に結ぶ。杖;袈裟-裏袈裟、脇隠れ-返し回し打ち。変手掛け合わせて27;二指顎かけ。ヌンチャク;顎打ち-袈裟。 トンファー;横受け-顎打ち-落とし-回し打ち。サンチン-結 テンショー。
【体が教える】
稽古中身体の各部位に今までにはなかったしびれや熱感などの微妙な変化を感じる時があります。
私はそんな時、別のエネルギーが入ったな!と素直に受け止めるようにしています。 それは体が心地よいという感覚で、裏を返せば体が嫌がるストレスがかかる動きがないことを知らせてくれているのです。
体が嫌々する動きは、理にかなった身体操作がなされていないよ…、と教えてくれているのです。


2月25日(曇りのち晴れ)
棒運動。少林熱身法。ニーセイシ;手刀と脊刀、11構;⑧⑨ヌンチャク護身。変手掛け合わせ手;26鎌かけ手。
サンチン-首里セイサン。
【時代おくれ】
私は河島英五の「時代おくれ」の歌をよく聞きます。理由は、曲はもちろんだが、男の純情や人情がさりげなく畳みこまれている歌詞が好きだからです。 そして;"目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬことは 無理をせず …… ねたまぬように あせらぬように 飾った世界に 流されず…… “の歌を口ずさんでいると、 何かしら自分の地味に続けている稽古に重なるのです。

2月11日(晴)
棒運動。基本上中下。追い突き-膝頭-裏三日月蹴り;肘と膝と体軸線。 ニーセイシ;11構⑦⑧⑨の平貫と背刀、⑩⑪のヌンチャク護身。 杖;回し打ち、脇据え-突き手、脇隠れ-払い手。変手掛け合わせ手;25の目切り。サンチン-ナイハンチ。
【手の刃】
手刀(しゅとう)は空手の用語ですが、この言葉がどこからきたのかの詳細な説明を耳にした事はありません。 ただ「手刀」なので、それ以上もそれ以下でもない「手刀」となっているのです。
私は手刀を“表の刃(表刀)”と“背の刃(背刀)”と解釈しています。 形ニーセイシには手刀を巧みに織り交ぜながら技法の構成が成されていることを知ると、 形の面白さが増しさらに技法の深みが分かってくるのです。



1月28日(晴)
棒運動。基形三形-サンシール。ニーセイシ11構④⑤⑥の実戦動と護身ヌンチャク。 杖;回し打ちの相対。
変手掛け合わせ手;21・22の復習と23・24の解説。 サンチン-ナイハンチ。
【味わう】
“若くして武を学べば武に徹することができ老いては武を楽しむことができる”。これは手の格言です。 これは、今年から後期高齢者の仲間入りをする私にとってすんなりと受け入れられそうです。 それは今日の形稽古で、動きをただ追うのではなく、一つ一つの動きを味わう……、に変化する自分を感じ取れたからです。
そして同時に「形意」の大事さと必要さをあらためて実感しました。 (wmv)

1月14日(晴) 稽古初め
棒運動。四方拝。周氏の棍-風車の棍。リューシャン;手刀貫刺し-背刀掛け、龍舞手-掌底。 ニーセイシ;11構①②③の実戦動と護身ヌンチャク。変手掛け合わせ手21-22;肩十字-腕十字。サンチン-ナイハンチ。
【ほふく前進】
技法の解説をする時に困ることが空手用語の貧弱さです。これは今に始まったことではないのですが、今日も「しなやかさを持った動き」で詰まってしまいました。 柔らかさとかやさしいあるいはゆっくりの言葉では技法の説明・解説にはならないのです。ですから結局“柳の枝”の譬え(例え)をひきださざるをえなくなります。 しかしこれではどのような身体操作をするのかの説明にはなっていないのです。悩ましいところですが、そこに工夫が生まれると思って進まなければなりません。 今年も頂を目指す道は険しいですが、気持ちは匍匐(ほふく)前進です。 (wmv)




令和5年(2023) 皇紀2683年 癸卯

12月24日(晴)川尻武道館 稽古納め
棒運動。基本上中下-基本四形-基形三形-形意五形-首里古伝三形。変手掛け合わせ手⑱と⑳、⑲。
杖;順手回し打ち-逆手回し打ちと巻き手。 ヌンチャク;八風④木の葉がくれ。サンチン 結 テンショー。
【稽古納め】
一年の納め稽古の前後では、この年の技法の練度がどのくらい向上したかあるいは稽古が十分でなかった技法について見つめそして考えるようにしています。 今年は基本技の質的な向上に向き合うという目標を持ちましたが、宇部で行ったオーストラリア川濤会メンバーへの講習でそれが実践できました。 その一つが刀(模造刀)を使用しての突きと受け技の解説です。
これは指導を受ける側からすれば“何!?”となったと思いますが、 空手の技の本質はこれだと、私自身が自信を持って言えるので別に問題をないと考えています。 来年は手と武器の一体を深めていく事を目標において技法全般のレベルアップにつなげていきたいと思います。

10日(晴)
基本四形-八動功-その場ナイハンチ・ニーセイシ。受け手上中下-十字交叉手。 サンシール;はたき手。
ヌンチャク;八風③月光。変手掛け合わせ手;⑭~⑰隠し武器を使う。サンチン-ニーセイシ。
【友を失う】
空手の友・チャーリー・クドリックが逝去しました。79歳でした。彼は私と一緒に千歳翁を見送り(1984)、それ以来40年にもおよぶ長いお付き合いをしてきた仲です。 晩年の彼は空手から居合道に移りましたが、会えば必ずサンチンの話題になり、私は彼に技法練度の推移を話し有意義な時間を過ごしました。 今はそれも想い出になってしまいました……正直悲しく寂しい思いでいっぱいです。 先日奥様のなほ子さんに“チャーリーさんは私の心の中に生き続けます”と伝え、そして、 “チャーリーさん!来世でまた会いましょう”とつぶやき、チャーリーさんに別れを告げたのです。


11月26日(晴)
基形三形。杖;払い手。しめの形;掌底-あげ手の手合わせ-バッサイ。ヌンチャク;八風・人影-相対打ち掛け。
変手掛けて合わせ手⑬矢車のしめ腰と溜め。 サンチン 結 テンショー。八段錦;②③
【③】
前回の天地ではないのですが、サンチン後の八段錦③の天地はとても心地よい感触がありました。 久しぶりの導引の一動作ですが、身体が何の違和感もなく素直に受け入れてくれたのでしょう。 多分これは、細く長い吐に意識が自然に乗った事で起きた気持ち良さの感覚だと思います。 稽古に当たっては、無理な力あるいは不自然な動きを体に掛けると身体は嫌々をすることを忘れないようにしたいものです。

12日(曇り)
基本四形-基形三形-テンシン小。流連突き打ちの振り腰操作と天地への意識掛け。 杖;直突き-回し打ち。
ヌンチャク;基振り-稲妻と実戦モード。 変手掛け合わせ手;⑪三裏拳と⑫肘押さえ。サンチン。
【天地】
天地といえばすぐに天地人あるいは三才の言葉を思い浮かべます。そしてその言葉は空手に限らず武道全般に横串となって存在します。 私は天地に関連する技・技法を解説あるいは説明をする時は、経絡あるいは脈絡をつなげる小周天あるいは大周天の知識を用います。 これは内功(内勁)の技である氣の運行や意識掛けに切り離せない要素となるからです。
天地の技は基本四形そして基形三形から自然に組み込まれ、形意形そして古伝三形に進むにつれ持つ意味が、 その人その人の思考の幅によって大きく変化そして成長していくものだと思います。
たとえば宇宙の万物云々………の思想哲学等などの世界へと……。


10月29日(晴)
棒運動-棍基振り。棍;下丹田への意識掛けと意通し。首里セイサン;肩抜き-受け手・逆突き-裏拳-膝頭の連続動作。
バッサイ。変手掛け合わせ手;推手と⑩の差し手。 サンチン-ナイハンチ。
【変手柔法】
ずーっと以前、未だ柔法という言葉を使っていなかった頃、私は変手法を合気柔術の延長線上の柔らかい技法として練習していました。 ある海外指導の折、その柔らかい技法をプログラムに入れて指導したことがあります。その時に受けた言葉が、“そんな、なよなよ(弱ッチー)した変手法なんて……”でした。 私はショックというより“未だ早いんだなー”と自己納得させ、時期が来るのを待つことにしたのです。 それから十数年が過ぎ、今では当たり前のように変手柔法の言葉を使いそして剛と柔の技法を織り交ぜながら稽古するようになっています。 その意味で、毎回行う変手掛け合わせ手の練習は、どのような気付きや発見があるか興味ある取り組みだと思っています。

15日(晴)
棍基振り。顎への突き手;上段追い突き-角構え-霞掛け-棍肩担ぎ。杖;回し打ち-横受け流し。
トンファー;打を吸収する角受け。掛け合わせの手と合氣-⑨輪転足踏み。 サンチン-ニーセイシ。
【小さな技にも…】
稽古にあたって気をつけている事は“小さな技でも着目し、おろそかにしない”です。 現代空手を見ていると「分解」という言葉の下に、技の意味を約束組手風に置き換えて練習しているケースが多いと感じています。
その顕著な例であり仕上げとして団体形という、シンクロする動きと派手な約束組手を入れた試合が挙げられます。 私は“あれって新体操の団体プログラム試合(名前は分かりません)と同じじゃない?”と見ていますが…どうでしょうか。
だからと言って、空手型試合を否定するものではありません。 私は分解という言葉ではなく、その技が技として成すためにはどのような身体操作あるいは原理があるのかを考察することが大切との見方を持論としています。 その理由は、気付かずに通り過ぎてしまう小さな技にも……そこに思わぬ学びが隠れていると考えるからです。

8日(雨)
基本動作-基本四形-基形三形。投げ打ち;手刀と周氏の棍。掛け合わせ手の手刀合わせと手首掛け;
変手⑥⑦⑧の螺旋手の動き。杖の基本。サンチン-ナイハンチ。
【反省点】
第18回靖国神社奉納演武大会の演武内容についてはそれぞれ反省点があったようです。
演武は人の精神面を成長させそして技法練度の向上の手助けをしてくれます。 私の場合、今回のウンスーは雲や風、渓流の流れの情景が描き切れておらずまだまだの感があり、 動作表現の工夫が課題となったように思います。
これからも、戦いのための形を常に意識して武の舞の境地に向かって進んでいきたいと思います。


9月10日(晴)川尻武道場
棒運動。基本四形-首里セイサン-ローハイ。掬い手の身体操作。靖国奉納演武の準備練習。サンチン-ニーセイシ。
【案ずるより産むがやすし】
今日は靖国奉納演武の仕上げ練習を行いました。初めての演武種目の組打ち・合わせ練習に入った当初は全く合いの気・呼吸があわず、 どうなるかな……と心配しながら暑中の稽古を続けてきました。 しかし、明確な目的達成のためのやる気あるいは意識の持ちようが高ければ“成せば成る”が追い付いてくるものです。それは不思議ではなく必然なのでしょう。


8月27日(晴)
バッサイ・チントー・ソーチン。体の転回と払い手。靖国奉納演武の準備練習。 サンチン-ナイハンチ。
【大志】
毎年恒例の靖国奉納演武大会は、空手の道を歩む私にとって、その1年の集大成であり目標とする大事です。 昨年は直接指導を受けたことがない「十二支之形」を、自源流上野先生の御助力を得て創りあげ、その形を演武奉納しました。 しかしその内容は、自身の採点では50点にも満たない散々な出来でした。本来ならばそこで、天上から“おまえは去れ!!”との達しが出ると覚悟したのですが…………。 しかし現在、十二支の三つの形と構の技法体系が出来上がり、実技の普及に向けての自主稽古に努めているところです。 多分これも、自分がモットーとしている、“飽くなき探求”や大志が成せる業のお陰と思っています。

20日(晴)
基形三形(那覇)。ニーセイシ;裏拳―突き返し、バッサイ;斜射光の構え―返し突き―三日月蹴り―エンピ、これらの連続から“返し腰”を習う。杖の基本の話。 靖国奉納演武の準備練習。サンチン-ナイハンチ。
【斜射光の構え・はす掛けの構え】
この構えは、突きん棒の姿勢あるいは斜め下に弓を放つ姿勢から、その放つ勢いをとって「弓勢」としていました。
しかし形技法の意味の理解が進むにつれ、新しい用語名を付けなければならないと思うようになり、 今回“返し腰”の新しい用語を出したのを機会に“弓勢”を“斜射光・はす掛け”に改めることにしました。
今後は練成課程の形には“はす掛けの構え”の用語を使います。 そして、古流課程の形には“織光・おりひかり”の用語を使うようになります。


7月30日(曇)
棒運動-基形三形。打ち手;前手-振り、裏手甲。変手掛け合わせ⑦。靖国奉納演武の準備練習。サンチン。
【面と点そして手首】
面と点は打ち手の部位を表す言葉で、面は掌底・手甲、点はコーサー・メーゴーサーとなります。 では拳頭は?となると……、今は拳頭を使わないので答えに窮しますが、現代空手から見れば点にあてはまるかもしれません。 ここで何を言いたいのかというと、そこに手首の動きがプラスされているかどうかなのです。これは打ち手を実践してみれば理解できると思います。

23日(晴)
しめの形-ナイハンチ;腕組みと中丹田ラインからの技― 杖の横一文字と上げ受け手。靖国奉納演武の準備練習。
【teach us】
形には形意の考え方を説くだけではなく形が教える技(技法)を掴む事が大切です。 そのため私は実技を交えながら“この形は私たちにこのような技(技法)を教えてくれている……”と話をします。 今日もその一環として、ナイハンチは中丹田ラインの肘の操作を教えることを解説して、 そこから腰の連動さらには杖の横一文字につなげる練習をおこなっています。
今、技の原理と本質(Principle & essence)の探究は、稽古を続ける中でのテーマとなっています。


6月25日(雨)川尻武道館
基本四形-バッサイ。わき腰;半転-正拳右左-左右体ひねり~杖;横据え-前刺し-回し打ち、縦据え-てこはね上げ-
脇構え-回し打ち。靖国奉納演武の準備。 サンチン-ナイハンチ。
【奉納演武準備】
今年も奉納演武の準備の季節が来ましたが、これに付きまとうのが梅雨の湿気と暑さとのたたかいです。 これも修練の一環と思えばそれで二言は無いのですが、正直きついなと思う事があります。忍…忍…忍、本場に向け稽古に汗していきましょう。

11日(曇り後晴)
不動の骨ではない仙骨の話。基形三形。テンシン;はたき・たたきと棍の操作と備えの姿勢。
ソーチン;トンファーの左右打ちと刈り手打ち。変手掛け手あわせ④⑤。 サンチン 結 テンショー。
【ことわり・理】
この技はどのような過程を経てできたのか、この技を活かす為にはどのような身体の操作をするか、この技を他の技へどのようにつなげていくか、等など、 私は形-変手-武器、それらの技のつながりを考えながら稽古をするように努めています。
そこで重視するのが技の理です。理(ことわり)は筋道や道理の意味ですが、私はあまり難しく考えずに、 腰の操作と丹田回路あるいは呼吸の仕方などの基礎・基本を本にしての技法の組立、それこそが技の理と考えています。
見えない技、隠れた技を引き出す修練の旅は続きます。


5月28日(晴)
基本上中下-基本四形。周氏の棍;送りと戻し腰-振り腰。掻き分け受け-翼蔽-左右突きの振り腰と体の送り。
ローハイ - サンシール - 杖の回し打ち;裏丹田への意識掛けと足の運びの解説。変手③の合わせ掛け。
サンチン-ナイハンチ。
【練度】
形を単独で演じる動作を見ると、その人の練度の程度が判断できる。それは形の特徴を掴み、そしてやり熟すための身体操作の研究と工夫ができているかで、 要は個人練習にかける時間を実践しているかなのです。
手前味噌になりますが、仕事に追われていた時期は5分間のサンチン、 そして、時間に余裕がある時はセイサン~リューシャン・サンチンの形稽古を欠かさずに実践してきました。 翁先生が度々言っていたのは、 “サンチンを一万回あれば空手がわかるようになる”の教えでした。今はこの言葉がすんなりと理解できるようになっています。

14日(晴)
基形三形-形意三形;棍の突き・銃格の直突と直突きの解説。15構下段④⑤の解説。変手の用語「掛け合わせ」の確認。
サイ;掛け手。サンチン-結 テンショー。
【深掘り】
今日練習した直突きは、肘捻り・肘送り/腰乗せ・巻き・肘擦り上げと云う身体操作から中丹田を通して発せられる突き方です。 これは私が銃剣格闘の直打突を、 上に挙げたの形の技法の中から取り出して直突きと重ねた技です。 形の中にはいろいろな技法が隠れており、それを探し出すいわゆる深掘りするところに妙があるのです。 それは単なる形の解説や分解という上辺の技を見るのではなく、 身体の各部をどのようにつなげて操作し自分の技として身に付けていくかという意味なのです。


4月23日(晴)
棒運動-意通し-振り下ろし組打ち。腹圧のかけあいと護身。基形三形;背刀打出し。 変手二十八法①②掛け合わせ。
風車-周氏の棍。サンチン-バッサイ。
【掛け合わせ】
互いに手首をつけて向かい合い、変手法の技を掛け合う稽古を「掛け合わせ」と言います。 変手法は剛法-柔法-武器術と、工夫次第でいろいろな練習ができる優れた技法です。 掛け合わせはその一つで、淡白な技の掛けあいから実戦に準じた濃厚な掛け合いまで幅を持った稽古ができます。 ポイントを採りあう競技組手あるいは直接打撃組手を経験し、 それに嫌気がさした私にとって「掛け合わせ」は、しっくりと身体になじめ、とても納得できる組打ち法なのです。
変手法を継承してくれた先人に感謝をしながら「掛け合わせ」の稽古を進めていきます。

9日(晴)
棒運動。基本動作;受け手を杖と木刀を使って技の意味を掘り下げる。投げ15構下段①②③の掛け手技の変化を掴む。
サンチン-ナイハンチ。
【観察する目】
熊本市のあるみかん農家では河津桜の開花で、その年の作付けと云うか栽培のための諸々の仕事の時期を決めると聞いたことがあります。 冬から春に移るそのわずかな期間に起こる、植物の様々な春の息吹の変化を見る農家の方々の、古くから伝わる観察の目には“なるほど!”と納得してしまいます。 では、その観察する目を空手に置き換えたらどうでしょうか……?
私はいつも「おまえは惰性に流された練習に陥っていないか?」と自問いしながら稽古するよう心がけています。
それは技を観察する目で、技をいろいろな角度から見るという意味なのです。


3月26日(晴)
しめの形-ニーセイシ;腕組みと11構の横・縦の受け手の身体操作。風車の棍-風車の構の復元と創作。周氏の棍。
サンチン-結テンショー。
【復元】
多少なりとも直接指導を受けた技と云うものは、何とか思い起こしながら復元することができます。一方、指導を受けたことの無い技や形を復元することは至難です。 今稽古している風車の構は、過去に練習(大阪万博で演武_1970)したことがあるので、それほど難しくは無いのですが、 只、当時と現在の技の練度や捉え方が違う(変化している)ので、どうしても創作と云う作業が必然となります。 簡単にはいきませんが「温故知新」でやっていきたいと思います。

3月12日(晴)
基本動作-基本四形-基形三形。上段追い突きの突き方と立ち方の改善点の話。ニーセイシ;15構①~⑥の流水の動き、
入り身手刀の体のかわしと手刀の両刃の用法。 棍の基振り-周氏の棍;棒の伸縮と手のしごきの合わせは杖の用法に
類似する話。サンチン-ニーセイシ。
【柔軟な考え】
“突きを中丹田ラインに乗せて顔面部に向けてまっすぐ放つ”。この上段突きを、“突きは、体を少し沈めて胸部(膻中)を目標において上体を挙げながら運足に合わせて顔面部へ放つ”、 に改善すると、新たな気付きが起こり、それが技の理となり他の技へ良い波動となって伝わっていきます。 私は、良いと思った技は蝶著なく受け入れて自分の技に畳み込めるよう努力します。
これは、裏を返せば、既成概念や固定観念に縛られることなく、常に柔軟な考えを持って技に向き合えば、そこに潜んでいる
新しい何かの発見に、 期待を持ちながら稽古ができるということなのです。今日の稽古で言い忘れましたが、半月立ちの後ろ足の置きですが、 体の交わしや運足をスムースにするために「レ」あるいは「L」のどちらでもよいことを付け加えます。


2月26日(晴) 棒運動-意通し。基形三形;11構①-③、④-⑥・体のうねり操作と連<>Br続動作。
合掌手の打ち手。チントー&ソーチン;合掌手と十字手-巻き手-角捻り揚げ打。 杖;常の構え-回し打ち&打ち突き手-
影かつぎの手の内。サンチン-ナイハンチ。
【灯台下暗し】
毎日「天照大御神」へ柏手(かしわで)を打って御参りをしますが、この柏手と仏様・ご先祖に御参りする合掌之手は日本古来より伝わる礼拝の手です。 この手が空手の合掌の手に関わることは以前から理解していましたが、技として深く追求することはありませんでした。 しかし正中線あるいは体軸線についての解説をする場になった時、身体の中心線・軸線という言葉では、
何か今一しっくりこないな、という自分がいました。 そこで、“はて?”と考えをめぐらしそして出た答えが“手を合わせて(拍手して)打つ” すなわち「かしわ手」であり「合掌手」なのです。 当に“灯台下暗し”とはこの事です。

12日(晴)
棒運動-基振りと組打ち。ニーセイシ;呼吸の吞吐解説=呑と吐の間に存在する素粒子。
変手23・24;上段-下段十字手の解説。ヌンチャク;八風形の動作確認。サンチン-結 テンショー。
【理をたずねる】
稽古を続けていく上で留意することは、“この技の理は何か?”を考えることです。そして答えの断片が見えてきたら身体を動かして実証するように努めます。 上述の「呑と吐の間に存在する素粒子」の素粒子とは、呼吸を止めている間の意識掛けのことを意味します。 以前、古流の技を理解するためには素粒子論に入り込まないといけないと思い、光りよりも速いとされるタキオン粒子を「意識」に変えて 「反重力」を無理やり引き出すれレポートをあげました。今日はニーセイシの形で感覚を掴んでもらう試みをしましたが、難解だったかも知れません。 でも、これも“……されど空手”だからこそ言えることなのです。


1月29日(曇)
棒運動-基振り。基形三形。形意五形;形の入り動作から形の形意を掴め。 棍;走り打ち込み。
しめの形;打ち手-受け手の丹田操作、掛け手。ヌンチャク;八風形の解説。サンチン-ナイハンチ。
【形意とは】
形が持つ特徴あるいは意味を「形意」といいます。この用語は、直弟子の頃、未知の領域であった古流の門を叩くには必要不可欠な要素と直感したからです。 以後、形体系に形意意を明記して稽古に取り組んでいます。 そし今日、形意五形の入り動作を、蛇-鷹・鷲-角牛-水澄まし-鷺・白鳥の動物のイメージを重ねながら解説し、 古流へ進むための大事なポイントであることの理解を促しました。今年はいよいよ古流の最終舞台に向けての歩みを進めていきます。

15日(曇り_暖かい)
基本動作-基本四形。儀式四方拝。棒運動。銃剣格闘術(銃格)の運足法・踏み込みを前手突きに重ねる。
バッサイ;双手突きの解説+ニーセイシ。杖;「風渡し」名の説明。サンチン-ナイハンチ。
【癸卯の初稽古】
昨年、私の娘がある空手道場の練習を見学し、その後に言った言葉です。「今の空手ってぴょんぴょん跳びながら練習するんだね……、ぴょんぴょん空手だね…」でした。 私は“言い当て妙だな…”と、思わず失笑しながら、勝つためのポイントを如何に取るかが優先する現代のスポーツ試合空手となった姿が目に浮かびため息がでてしまいました。
しかしながら今日の初稽古の中で、“今年はウサギ(卯)”ということもあり“それもそれでいいのでは……?”と自身を納得させました。 そして同時に、正月に思った「ウサギと亀」の昔話を引き出し、今年も“慌てず急がずコツコツと確実に!”のゆっくりリズムで、 亀より少し早い歩みで、次の舞台へ上る目標に向け進んで行くことにしました。


【上に】