その温泉宿に泊まった時の思い出話を一つ。“真夜中にな…、観音湯に入ると観音様に会えるそうだよ…”。
私はこの話を聞き興味津々…、実行に移しました。 上に下に右に左に迷路のような廊下をわたり観音湯へ……。
天井から小さな裸電球一つ垂れ下がり、五、六人はゆったり入れる岩風呂を薄暗く照らす。 恐る恐る静寂に包まれた湯船に身を沈め、薄ぼんやりと見える観音湯と書かれた石板をボーッと眺めながらその時を待った。
聞こえてくるのは秋の夜長の虫の声、 湯はとても気持ち良くリラックス……、ウトウト…ウトウト…、「ポチャン…」と湯を軽く叩く音に「ハッ」として目を開けた。
なんと、目の前に白いモヤが立っているではないか!私は“ワッ”と一瞬言葉を失い、湯を両手でバシャーンと押し上げ「な・何だ…」と 思いながら身体を起こした。
私は信じられない気持を押えながら“何か?”と向かい合った。その時の時間感覚が長かったのか短かったのかはよく覚えていない。 ただしばらくの間は放心状態だったのは確か。
白いもやの何かは、観音湯に言い伝えられてきた観音様だったのかも知れません?
後年この出来事を母に話したところ、母は“あなたの守り神は千寿観音なのよ…”と話してくれました。
私はこの不思議体験の2年後、空手の跡目争いに当事者として巻き込まれ熊本を追われました。
そしてその後すぐに南阿蘇の秘境は立野ダムの計画によって渓谷への立ち入りができなくなり周囲の景観は大きく変貌したことを知りました。それから32年後、阿蘇火の神の御怒りによって南阿蘇の豊かな自然の多くが失われてしまったのです。
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